大阪地方裁判所 昭和56年(ヨ)100号
申請人
牧田永茂
申請人
大木星照
申請人
吉村博俊
申請人
大橋安弘
右申請人ら代理人弁護士
大澤龍司
村田喬
被申請人
石川急送株式会社
右代表者代表取締役
岡田實
右代理人弁護士
弥吉弥
右当事者間の地位保全等仮処分申請事件について、当裁判所は次の通り決定する。
主文
被申請人は申請人らを仮に被申請人の従業員として取扱え。
被申請人は昭和五六年一月以降第一審の本案判決言渡に至るまで毎月二五日限り、申請人牧田永茂に対し金二〇五、七〇八円を、申請人大木星照に対し金一八六、一〇八円を、申請人吉村博俊に対し金一九一、八一三円を、申請人大橋安弘に対し金三二一、八七五円を、夫々仮に支払え。
申請人らのその余の仮処分申請はいずれもこれを却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
(当事者双方の申立)
申請人らは「被申請人は申請人らを被申請人の従業員として仮に扱え。被申請人は昭和五六年一月以降本案判決の確定に至るまで毎月二五日限り、申請人牧田永茂に対し金二〇五、七〇八円を、同大木星照に対し金一八六、一〇八円を、同吉村博俊に対し金一九一、八一三円を、同大橋安弘に対し金三二一、八七五円を、夫々仮に支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との決定を求め、被申請人は「申請人らの申請を却下する。申請費用は申請人らの負担とする。」との決定を求めた。
(当事者間に争いのない事実)
一、被申請人は、昭和三八年五月貨物自動車運送業を主たる事業として設立された株式会社であって、現在資本金は一、五〇〇万円、肩書地(略)に本店を置き、富山県射水郡に支店を有している。なお、昭和五五年三月当時、右本店の従業員は約四七名(内管理職三名)、支店の従業員は六名(内管理職二名)であった。
申請人らは、いずれも被申請人の本店にトラック運転手として勤務し、毎月二五日に賃金の支払を受けていたが、申請人らの昭和五五年九月以降同年一一月までの平均月額賃金は、申請人牧田永茂が金二〇五、七〇八円、同大木星照が金一八六、一〇八円、同吉村博俊が金一九一、八一三円、同大橋安弘が金三二一、八七五円である。
二、被申請人には従来労働組合が存在しなかったが、昭和五五年三月その従業員中、トラック運転手二三名と修理工二名、合計二五名が全日本港湾労働組合(以下「全港湾」という)関西地方大阪支部(以下「支部」という)に加入し、同支部石川急送分会(以下「分会」という。なお、支部と分会とを含む場合は「組合」という)を結成し、同月一五日支部役員及び分会員らは被申請人に対し、右従業員らが支部に加入したことを通知すると共に被申請人との団体交渉を要求した。そして、同月一八日から同年一一月一六日までの間に約二五回に亘る団体交渉が行われた結果、被申請人と組合との間に、(1)同年五月二三日ユニオン・ショップ協定が成立(但し、当時の非組合員一〇名を除外したもの)し、(2)同年六月二〇日賃金体系改訂の協約が成立し、(3)同年七月二〇日支給の夏期一時金に関する合意が成立し、(4)同年九月四日人事・組合活動等に関する確認書が作成された。なお、この確認書の第一七条には「(常用労働者の雇入れ及び解雇)会社は従業員の雇入れ及び解雇については組合と協議の上これを行う。但し、基本的事項については組合の同意を要する。」との、第二二条には「(異動勤務)会社は組合員の異動、職場転換、又は身分の変更については組合と協議の上これを行う。但し、特に組合員の生活並びに労働条件に支障を来す人事については組合の同意を要する。」との各条項が存在する。
三、ところで、箕面市東坊島一八四番宅地九七八・五一平方メートルは被申請人の所有名義に、同所一八二番宅地一、〇八四・二九平方メートルは橋本正治の所有名義に、夫々登記されていたが、被申請人は同年一〇月七日付交換を原因として、前者の宅地につき橋本正治に所有権移転登記をし、後者の宅地につき被申請人への所有権移転登記を得た上、右一八二番の宅地につき同年一〇月三〇日付売買を原因として神川緑(持分三分の二)及び株式会社岩本地所(持分三分の一)に所有権移転登記をした外、被申請人の所有であった同所一八二番地所在の家屋番号一八四番、鉄骨亜鉛メッキ鋼板葺三階建倉庫寄宿舎一棟(一、二階各二二五平方メートル、三階一九一平方メートル)につき同月三一日付売買を原因として株式会社大衆自動車商会に所有権移転登記をした。
四、組合は、同年一一月一三日右の事実を知り、その間の経緯を明らかにするため被申請人に団体交渉の開催を求めたところ、被申請人は、同月一六日全従業員に対して事情を説明するための会合を開き、この席上昭和五四年四月以降の売上高と経費とのグラフを配布して、被申請人の経営が悪化していること及びその営業を縮少する必要があることを説明した。
そして、被申請人は、その後組合との間に行われた団体交渉に於て、(1)同月二二日組合の要求により昭和五五年度(昭和五四年八月一日乃至昭和五五年七月三一日)の損益計算書様の文書一枚及び経営分析表と題する書面一枚のコピーを組合に手渡し、(2)同月二七日昭和五五年度の納税申告関係書類の一部、同年度の貸借対照表、損益計算書及び資金繰り表を提示し、組合は同年一二月二日の団体交渉の席で被申請人提示の計算書類の疑問点を記載した質問状を被申請人に手渡した。同月四日被申請人と組合との間で一人一律に金二〇万円の冬期一時金を支払うことが合意された後、被申請人は、同月六日の団体交渉の席で解雇予定者リストを組合に提出し、対象者の選定は業務成績表に基づいて行ったと主張し、同月九日再度解雇予定者を発表した。組合は同月一一日被申請人に団体交渉を申入れたが、右申入れに基づく団体交渉は行われなかった。
五、そして被申請人は、同月一四日申請人らに到達した書面により、会社倒産を避けるためのやむを得ない人員削減措置であるとの理由で解雇する旨を通告した(以下「本件解雇」という)。申請人らと共に解雇された者は、本店勤務のトラック運転手中川清成、同越地清俊、同北村正守、事務員南本裕子及び富山支店勤務の雑役係高橋勇夫の五名であって、右南本及び高橋以外の三名は組合員であり、右中川は分会長、申請人牧田は分会の書記長であった。
(申請人の主張)
一 一般に労働者の解雇は、企業で働く労働者とその家族の生活の基盤を奪う重大な結果を招来するものであるから、当該労働者と企業との間の労働契約を存続させることが不可能な客観的に合理的な理由が存し、社会通念上相当として是認され得る場合にのみ、法的に有効とされるのであるが、本件解雇は、労働者側の責に帰すべき事由のない、いわゆる整理解雇であるから、通常の解雇以上に厳格な要件の下に初めて有効とされるべきものである。そして、その要件は、(1)整理解雇の必要性が客観的に存在すること、(2)企業が整理解雇以外の労働者にとってより苦痛の少い方策によって余剰労働力を吸収する努力をしたこと、(3)整理解雇者を選択する基準及びその基準の運用が客観的に合理性を有していること、及び(4)整理解雇の必要性、基準及びその運用、時期、規模、方法等の手続及び内容について、企業側が労働者に対しその納得を得るに足る十分な説明をし、又労使間において十分な協議の場が設定されたことであり、この一つでも欠ける場合には、整理解雇は正当事由を欠くか、解雇権の濫用として無効というべきところ、本件解雇は右(1)乃至(4)のすべての要件を欠いている。即ち
(一) 被申請人が所轄税務署に提出した昭和五五年度事業概況報告書によれば、同年度の収支は金四四、二三五、〇〇六円の赤字とされているが、右報告書は従業員の数を水増しし、人件費即ち経費を過大に計上したものであるのみならず、右赤字の最大の原因は同年六月一日に辞任したとされる前社長岡田幸足に対して支出される金四、〇〇〇万円という莫大な退職金と昭和五二年度及び五四年度の未納付の税金約金八二三万円によるものである。しかし、これらの支出を除外すれば被控訴人の昭和五五年度までの収支は黒字であり、而も被申請人は前記土地と倉庫・寄宿舎を所有している外、箕面市今宮に床面積合計二三五平方メートルの社宅及び多数の車輛を所有しており、その資産は資本金額に較べて多過ぎる位であった。しかも、被申請人においては、昭和五五年七月にはトラック運転手七名と事務職員二名との合計九名もの従業員が退職しているのであって、本件解雇当時被申請人が、誰かを解雇しなければ近い将来企業も他の労働者も共倒れになることが予想されるような事態には決してなかったのであり、本件解雇には客観的必要性はなかったのである。
(二) 被申請人は昭和五五年度は赤字経営であったというけれども、被申請人が、経営状況を改善し整理解雇を避けるために経費削減や従業員の希望退職者の募集などを行って整理解雇を回避しようと努力した形跡は全くない。被申請人は従前の勤務成績の悪い者を選び出して労務担当者がこれらの者に個別に面接して転職を依頼したというが、右面接は本件解雇の八日前である昭和五五年一二月六日に整理解雇予定者を発表した後に行われたのであり、その対象となったのは六名のみで整理解雇予定者としては申請者吉村が含まれていたに過ぎない。しかも、その際退職を求められたのは右申請人だけであって、他の五名は今後もがんばって働いてほしいと激励されたのである。
(三) 被申請人が整理解雇予定者選定の基礎としたという従業員の業務成績表には、被申請人の認めた労災事故で休んでいる期間中に業務拒否があったとされ、有給休暇の届出を出して休んでいるのに無断欠勤とされ、被申請人との団体交渉に出席する旨予め通知していたのに当日が無断欠勤とされ、休日出勤の代休をとった日に業務拒否があったとされる等、虚偽の記載が多く、これに基く整理解雇者選定が不合理であることは明らかである。しかも、被申請人は右の外整理解雇者選定の具体的な判断基準を明らかにしなかったのであって、右整理解雇者の判断基準及びその運用に客観的合理性はなかったのである。
(四) 被申請人は、昭和五五年一一月一六日営業を縮少する意向を全従業員に示したが、その後組合の要求に応じて呈示したのは前記(当事者間に争いのない事実)四記載の文書のみであって、その他の経理関係書類、特に総勘定元帳、売掛台帳等の原簿も、昭和五四年度以前のいかなる帳簿も、開示しようとせず、組合が同年一二月二日にした経理関係の質問に対しても回答を拒否し続け、同月六日及び九日に業務成績に基くとして解雇予定者を発表し、組合が同月一一日に申入れた団体交渉をも拒否した。この経過からも明らかなように、被申請人は従業員に対し、整理解雇の必要性、その基準及び基準の運用、時期、規模、方法等の手続、内容について、従業員が納得するに足る充分な説明をしなかったのである。
従って、本件解雇は、整理解雇を有効ならしめる前記四要件のすべてを欠くものであるから、無効である。
二 また、本件解雇は被申請人と組合との間に作成された前記確認書第一七条にいう「解雇」に当り、同じく第二二条にいう「組合員の生活並びに労働条件に支障を来す人事」に該当し、且つ、人員削減の必要性の有無の判断、解雇基準の設定等は右第一七条において組合の同意を要するものとする「基本的事項」に含まれるに拘らず、被申請人は、本件解雇について組合と協議もせず、その同意を得たこともないのであって、本件解雇はこの点においても無効である。
なお、被申請人は右確認書に被申請人の代表者の適式の記名を欠くから右確認書による労働協約は無効であるというが、労働組合法第一四条が労働協約を記載した書面に両当事者の署名又は記名押印することを労働協約の効力発生要件としているのは、当事者の最終的意思を明確に確認するためであるところ、前記確認書には被申請人の会社名を明記して会社印が押捺されているのであるから、被申請人の労働協約成立に関する最終的意思は明確であり、現に被申請人は右労働協約が有効であることを前提として行動していたのであって、単に代表者名の記載がなかったというだけで右確認書による労働協約自体が無効となるものではない。仮にそうでないとしても右確認書記載の約定は労使間の慣行として当然尊重されるべきものである。
三 本件解雇の対象とされた本店従業員八名の内、七名が分会員であり、しかもその内二名が分会の役員である(他の一名は本店勤務とはいうものの事務職員であって被申請人とは別法人である豊中倉庫株式会社の業務に従事していた)が、被申請人は、非組合員である上野照美及び同川端進が昭和五五年一〇月末に退職を申出たのに対してはこれを許さず、一方では前記の如く組合員について虚偽の業務成績表を作成し、分会員全員に対し本件解雇を認めないとの理由で昭和五五年度冬期一時金の支払をせず、本件解雇直前に組合に対し労働協約の破棄を通告しているのであって、本件解雇は、組合の組織を破壊するために分会員を狙い射ちにしてなされたものであり、不当労働行為の目的に出たものであるから、無効である。
四 申請人らは、いずれも被申請人から得る賃金でその生活を維持して来たものであり、現在の不況下ではアルバイトによる収入も十分ではなく、提訴を予定している雇用関係存在確認等の訴の本案判決の確定を持っていては、その生活を完全に破壊され、回復し難い損害を蒙ることとなるので、本件申請に及んだ。
(被申請人の主張)
一 被申請人は、最近における運送業界の慢性的不況に苦しみながらも、古くからの顧客の支持によってどうにか黒字経営を維持してきたが、昭和五五年三月被申請人の従業員である運転手ら二五名が全港湾に加入してからは事態が急変した。即ち、
(一) 組合は、まず、被申請人に対し従来の賃金体系の改訂を強要し、右目的の実現のために再三ストライキを行って、予定された運送業務を遅延させて顧客に迷惑をかけた。
(二) そこで、被申請人が顧客に迷惑をかけることを恐れて同年六月賃金改訂の要求に応じたところ、その結果従前よりも従業員の基本給、職能給等の固定給が大幅に増加して、働かなくても一応の収入が保障されるようになったためか、従業員の就労率が著しく低下し、被申請人の担当者が運送を命じても組合活動参加を理由にこれを拒否することも多くなり、迅速な運送を求める顧客の要求に応じかねる事態も生じてきた。
(三) そして、その結果被申請人は次第に顧客の信用を失って、顧客の注文も徐々に減少し、同年五月以降は赤字経営が続いた。赤字の額は、同年五月が金六、一四六、五七四円、同年六月が金三、一九六、四〇二円、同年七月が金四一、二一一、五七五円、同年八月が金八、八〇六、五三一円、同年九月が金四、三三九、二三四円、同年一〇月が金二、三〇三、一〇二円、同年一一月が金三、三五七、三九九円であった。
申請人らが右赤字の原因と主張する被申請人の前代表取締役岡田幸足に対する金四、〇〇〇万円の退職金は未払金であり、昭和五二年度及び同五四年度の未納税金約八二三万円は現在既に納付済みである。また、被申請人所有名義の前記宅地は、橋本正治所有名義の前記宅地と地番を間違えて登記されていたため交換の形で登記名義を真正にした上、資金繰りのためにその地上の建物と共に一括して金一五〇、〇〇〇、〇〇〇円で売却を余儀なくされたのであって、被申請人が過大の資産を有していたとの申請人らの主張も当らない。
(四) このような中で、被申請人の古くからの顧客達の中にも被申請人が労使紛争のため正常な事業活動ができないことをあからさまに指摘して「このままの状態が続けば取引を打ち切る。」と通告する者が現れてきた。
二 そこで被申請人は、昭和五五年一二月初旬に同年一一月までの経営実績を分析した結果、このように顧客が減少し而も新規に顧客を開拓することが極めて困難な運送業界の現状の下では、被申請人の企業を存続させるためには車輛と従業員とを一部整理して事業の規模を縮少する外はないものと判断するに至った。
そして、被申請人は、労務担当者保管の資料に基づいて、組合員であると非組合員であるとを問わず、従前の勤務成績の悪い者を選び出し、労務担当者がそれらの者に個別的に面接して事情を説明して転職を依頼した。その結果同年一二月一五日までの間に七名の者が被申請人の事情を理解して円満に退職した。
ところが、申請人らを含む七名の者は、勤務成績不良者に該当するにも拘らず、右退職勧告に応じなかったので、被申請人は、やむなく同月一四日付文書により同月一五日を以てこれらの者を解雇したのである。
なお、その内、率先して組合活動を行っていた分会長中川清成、分会員越地清俊及び同北代正守の三名は被申請人の事情を了解し、全港湾の指導に反して右解雇を承認し、また、分会員であった長野、徳田、勝部、斉藤及び山下の五名は被申請人を後記の如く事業廃止に追い込んだ全港湾の方針を批判して全港湾を脱会した。その結果現在の分会員は八名のみである。
三 以上の通り、本件解雇は、就業規則第一七条(3)所定の「已むを得ない事業上の都合」によってなされたものであり、右の事情は、日々正確な運送を要求される運送業の実態を無視した申請人ら組合員のストライキや乗務拒否等に基因する顧客離れによって生じたものであって、事業主である被申請人の責に帰すべきものではないから、本件解雇は有効である。
四 申請人らは、本件解雇が昭和五五年一〇月四日付確認書の条項に違反するから無効であると主張するけれども、(一)右確認書は、形式上被申請人代表者の適式な記名を欠くから無効であり、(二)実質上も、右確認書に記載された被申請人の意思表示は、被申請人担当者が統一集団交渉と称する支部の団体交渉の場に呼び出され、予め全港湾が印刷して準備した内容にすべて同意することを強要され、万一これに従わないときは直ちにストライキその他の手段に及ぶと強迫されて、抗拒不能の状態の中でなされたものであるから無効であり、仮に無効でないとしても昭和五六年一月三一日申請人らに到達した本件準備書面によってこれを取消した。従って、申請人らの右主張は失当である。
五 ちなみに、申請人ら組合員は本件解雇を不満としてその撤回を求め、ストライキをしたり自動車の車体にビラを貼り腕章をつけて取引先に出入りしたため、被申請人は次の大口顧客四社から取引を打切られるに至った。即ち、
(一) 伊丹工業株式会社からは、昭和五五年一一月に同年一二月二四日必着を要する貨物の輸送依頼を受け、同月二三日集荷の際に運転手にこれを告げておいたところ、組合は翌二四日右運転手の指名ストを行って出荷を不可能にしてしまった。そこで右会社が他の運送会社の車を手配して右貨物の引取りに来たが、組合員がこれをもピケを張って拒否したため、右会社は同日被申請人に取引停止を通告した。
(二) ママ・マカロニ株式会社からは、被申請人の従業員らが組合の腕章をつけて同会社に出入りしないよう何度も申入れがあったに拘らず、組合員らがこれを無視して腕章をつけたまま同会社へ出入りし、又予定した出荷が再三遅延したため、同会社は同月二三日被申請人に取引停止を通告した。
(三) 水谷ペイント株式会社も、右と同様の理由により、同月二四日被申請人に取引停止を通告した。
(四) ホクセイアルミニュウム株式会社からは、同月二四日「一月末日まで取引をするが、その間に腕章をつけて会社に出入りしたり、ストライキがあったりすれば、即時取引を停止する。」との通告があり、結局(二)と同様の理由で昭和五六年一月二九日取引を停止された。
右四社との被申請人の取引額は被申請人の年間総売上高の五〇パーセントに当り、運送業界の現状では新規に顧客を獲得することも困難であるため、右四社との取引が停止されると被申請人の企業の経営は成り立たない。そこで被申請人は、昭和五五年一二月二六日臨時株主総会を開き、昭和五六年一月二九日を以て事業を廃止することを決議し、昭和五五年一二月二九日被申請人代表者が全従業員にこの旨を告げ、昭和五六年一月二九日を以て全員解雇する旨を予告し、社内にその旨を告示した。
そして、被申請人は予定通り右同日事業を停止し、従業員も組合員八名を除いてはすべて円満に退職した。
(争点に対する判断)
一 本件は被申請人による申請人らの整理解雇の効力如何が主要な争点をなすものであるところ、一般に、整理解雇が解雇権の濫用に当らないものとして有効とされるためには、(一)整理解雇を行わなければ使用者である企業の維持・存続が困難な事情にあること、(二)企業の側で労働者の解雇ないしは失業を回避するためにできる限りの手段を尽したこと、(三)整理解雇者の選定の基準が客観的・合理的であること及び(四)企業の側が整理解雇の必要性と解雇者選定の基準について労働組合ないし労働者に充分に説明し、その実施について労使の間で協議を尽したことを要するものと解されている。
二 そこで、先ず本件解雇当時被申請人が従業員の整理解雇を行わなければ被申請人自体の維持・存続が困難な事情にあったか否かを検討するに、被申請人から原帳簿類の提出がないので正確な収支の状況を知ることはできないけれども、疎明資料中の被申請人の昭和五四年八月一日以降昭和五五年一一月末日までの月別試算表損益計算書には各月の運送収入が別表<1>欄記載の通り計上されており、これによると昭和五四年八月から組合との団体交渉によって賃金体系の改訂の行われた昭和五五年六月までの各月の平均運送収入は金二八、九六二、五四四円となり、右改訂後の同年七月以降一一月までの各月の平均運送収入は金二三、九六四、八六四円となって、貨物自動車運送業を営む被申請人の主たる収入である運送収入が昭和五五年七月以降はそれ以前に較べて毎月平均約金五〇〇万円の減少を来していることが計数上明らかである。一方、前記損益計算書の製造原価明細欄には、前同期間中の賃金手当が別表(略)<2>欄記載の通り計上されており、その記載欄から観て右賃金手当は従業員中貨物自動車の運転手に支払われたものと認められるので、これが前記運送収入に対して占める割合を計算するとその百分比は別表<3>欄記載の通りであって、その昭和五四年八月から昭和五五年六月までの平均百分比は二八パーセントであるのに、同年七月以降一一月までの平均百分比は三六・五パーセントとなり、前記賃金体系改訂の後は八・五パーセントの増加を示している。また、疎明資料によれば、被申請人が各月の収支決算として、昭和五五年四月までは黒字を計上していたのに、同年五月は金六、一四六、五七四円、同年六月は金三、一九六、四〇二円、同年七月は金四一、二一一、五七五円、同年八月は金八、八〇六、五三一円、同年九月は金四、三三九、二三四円、同年一〇月は金二、三〇三、一〇二円、同年一一月は金三、三五七、三九九円の赤字を計上していることが一応認められる。
疎明資料の中には被申請人の決算書類に人件費の水増しをして作成された部分があることを窺わせるものがあり、また疎明資料中被申請人が所轄税務署に提出した「法人の事業概況説明書」には昭和五四年八月一日から昭和五五年七月三一日までの事業年度の運送収入等として前記損益計算書と同様の数額が記載されていて、右損益計算書自体が課税の資料とされることを意識して作成されたものであることが窺われるので、右に挙示した数字が正確に被申請人の営業状態を反映するものとはいえないけれども、被申請人の営業の規模からすれば、右の数字を控え目に考えても、各月の運送収入の減少と運送収入に占める賃金等の割合の増加が経常的な赤字を生み、本件解雇当時被申請人の営業をかなりの困難に陥れていたであろうことは容易に推認することができ、被申請人が右の如き常況(ママ)にある限り、整理解雇を行わなければ企業の存続も覚束ない状態にあったものといわなければならない。
申請人らはこの点について、被申請人の昭和五五年度の赤字は同年六月一日に辞任した前社長岡田幸足に対する金四、〇〇〇万円の退職金と昭和五二年度及び昭和五四年度の約金八二三万円の税金とによって生じたものと主張し、疎明資料によれば被申請人が右各金員を昭和五五年度における負債として計上していることは一応認められるが、右税金は被申請人が法人として当然負担すべきものであり、退職金は、これが計上された昭和五五年七月の赤字総額が前記の通り金四一、二一一、五七五円であって、これを計上しなかったとしても金一、二一一、五七五円の赤字を残すのみならず、疎明資料によれば現実には未払いの状況にあることが一応認められる。しかも、疎明資料によれば、被申請人は昭和五五年一〇月二日その所有の前記宅地並びに倉庫寄宿舎を代金一一、五〇〇万円で他に売却し(これに先立つ橋本正治所有名義の宅地との交換は登記の間違いを正したに過ぎない)、右代金から右各不動産に根抵当権を有していた金融機関へ借入金を返済し、その残金を事業資金にあてたけれども、なお赤字を計上せざるを得ない状況にあったことが一応認められるのであって、申請人らの右主張が当を得たものということはできない。
三 ところで、被申請人は、前記の通り昭和五五年一一月一六日従業員全員に対し経営状況が悪化していること及びそのために被申請人の事業を縮少する必要があることを発表したのであるが、疎明資料を精査しても、被申請人がこれよりも前に経費を削減しあるいは希望退職者を募集して人件費の削減を図る等、内部において整理解雇を避けるために何らかの手段を採った形跡は認められない。もっとも、被申請人は前記の如く同年一〇月に前記宅地等を売却しているが、これによって一時的に収支の改善をもたらすことができたにしても、それだけで前記の如き状況にある被申請人の経営の好転を図る方策となり得ないことは明らかである。
また、疎明資料によれば、被申請人にはその傍系会社として被申請人の代表取締役岡田実の一族が過半数の株式を保有する豊中倉庫運輸株式会社、石川自動車工業株式会社及び新北陸急送株式会社があり、いずれも順調に経営されていたことが一応認められるのに、被申請人がその従業員をこれらの会社に吸収して整理解雇を回避することを検討した形跡すら窺えない。
そして、疎明資料によれば、被申請人は、前記の如く従業員全員に事業縮少の必要があることを発表した際、昭和五四年四月以降昭和五五年九月までの各月の売上高と経費額とをグラフにした書面を従業員に配布して、従業員中一五、六名の解雇が必要であることをも告げ、その後組合との交渉の過程で被申請人の納税申告関係書類の一部や、損益計算書、貸借対照表等を徐々に組合に提示して事業縮少の必要性を説明し、組合に対しても解雇の対象となるべき勤務成績不良者を選び出すことを要求したものの、組合が事業縮少の必要性について帳簿に基づいた具体的な説明を求め且つ年末一時金の支給を求めて被申請人の右要求に応じないでいるうち、昭和五五年一二月六日の団体交渉の席上、突然従業員の勤務状況を記載した「チェック資料」を添えて解雇予定者名簿を組合側に示し、右資料に誤りがあるとの組合の抗議によって一旦はこれを撤回したが、同月九日再び解雇予定者名簿とチェックリストを組合に提示し、組合が右名簿による解雇を容易に承認しないとみるや、その後は組合からの団体交渉の申入をも拒否したまま、僅か五日の後である同月一四日本件解雇を含む従業員九名の整理解雇に及んだことが一応認められる。
以上の経過から考えると、被申請人が右整理解雇を回避するために能う限りの手段を尽したものとは到底いうことができない。
四 被申請人は、分会結成後申請人ら組合員がストライキを繰り返し、まじめに勤務しなかったことが被申請人が営業不振に陥った原因であると主張し、当裁判所も、労働者が組合活動に名を藉りた理由のない怠業によって使用者の営業を苦境に陥れ、整理解雇のやむなきに至らせたときは、使用者の整理解雇の実施方法に何らかの瑕疵があったとしても、信義則上労働者側がその瑕疵を理由に解雇の無効を主張し得ない場合もあり得ることを否定するものではない。
しかし、本件においては、申請人らが必ずしも勤勉な従業員でなかったことを窺わせる資料もないわけではないけれども、疎明資料によれば、申請人らが本件解雇以前にストライキの手段に訴えたのは昭和五五年四月上旬の二日間、同年六月中旬の三日間、同年七月下旬の二日間、同年九月一日及び同年一二月三日の五回であり、いずれも労働協約の締結、一時金の支給等を目的とするものであって、分会結成後間もない時期としてはやむを得ないものと考えられ、申請人らのこれらの所要(ママ)が被申請人の営業を苦境に迫い込んだというよりも、むしろ被申請人の人事管理及び組合との対応の拙劣さが前記の如き収支の不均衡を生んだものというべきであるから、本件は前記の如き例外の場合に当らないものという外はない。
なお、被申請人が大口の得意先を失わせたと主張する昭和五五年一二月下旬の申請人らの所為は本件解雇後のことであって、右の判断に消長を及ぼすものでないことは明らかである。
五 従って、本件解雇は、その余の諸点について判断を加えるまでもなく、解雇権の濫用によるものであってその効力を生じ得ないものというべきところ、疎明資料によれば、申請人らは被申請人から支給される賃金のみで生計を維持してきた労働者であって、本件解雇後は雇用保険金の仮払いを受け、自ら他でアルバイトをし(但し申請人牧田を除く)あるいは妻にアルバイトをさせる等して漸く生計を立てていることが一応認められ、第一審における本案判決の言渡に至るまで被申請人の従業員として取扱われず前記各賃金の支払も受けられないとすれば、回復し難い損害を蒙る虞れが著しいものと考えられる。しかし、申請人らが第一審における本案判決の言渡以降その確定に至るまで右各賃金の仮払いを求める部分は、申請人らが第一審において勝訴すれば仮執行の宣言を得ることによってその目的を達することができるわけであるから、右申請部分については仮処分の必要性を欠くものというべきである。
六 してみれば、申請人らの本件仮処分申請は、いずれも主文第一及び第二項掲記の限度で理由があることとなるから、保証を立てさせないでこれを認容し、その余の申請は理由がなく且つ保証をもって疎明に代えさせることも相当でないからこれを却下し、申請費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書を適用して、主文の通り決定する。
(裁判官 中川臣朗)